勝ち負け

 

今日はベイブレード(現代のベーゴマのようなもの)の大会で子どもが勝利した。

過去4回大会に出ていずれも敗れていたのだから、喜ばしい。

 

 

ベイ(コマ)を回す瞬間に勝ってほしいと願う。1度目は仕切り直し。ドキドキしながら望んだ2度目で自分の子どものベイが最後まで残ることができた。やった、初勝利である。

 

 

勝利した瞬間だが、自分のことではないながら「楽しい」と思った。

また、それは久しく味わっていない感覚であった。

 

 

なぜだろう?少し考えてみた。

 

 

小さい頃はスポーツをして、勝ったの負けただのがあったが、大人になるとそういうことは少ない。

 

仕事の場合、ほとんどは勝敗で表せないことが多く、せいぜい付くのは順位や点数だ。

(コンペで勝った負けたはあるかもしれないが、自分は営業ではないのでわからない)

 

趣味でスポーツをやっているにせよ、大人だと本気になることが少し気恥ずかしいようなこともあり、真剣勝負はなかなか無い。だから、勝つことによる喜びは久々であり、心が動いたわけだ。

 

 

「勝敗が付く分かりやすいもの」に挑戦し、そこで勝つことは大きな喜びになる。

大人が人生を楽しむのに、この「勝利の喜び」は使えないだろうかと思った。

 

 

などと考えながらふと子どもを見ると、終わった後は喜びに浸りなどせずに、次の遊びにすぐ向かっている。

 

もうちょっと喜ばないの?と思ったが、次の遊びの方が楽しいみたいだ。

 

 

長く感動しているのは父親だけであった。

子どもには心踊る「楽しいこと」が勝負などよりたくさんあるらしい。